アップルけん玉クラブの成り立ち

 1985年初冬、飯田市の伊賀良児童館において「冬のあそび」としてけん玉教室が開かれました。京都市で寺のお堂や境内を提供して子供達に昔の遊び(けん玉、お手玉、おはじき、竹細工、など)に取り組み活動されていた「トータス」の小西紀道さん(住職)を講師に、けん玉のおもしろさを教わりました。みんな初めて出会うけん玉にとても興味を持ちました。「たかがけん玉、されどけん玉」という言葉の示された通り、「けん玉」は「道」であることを悟り、一番夢中になってしまったのは、その場にいた伊賀良公民館、支所、児童館の職員でした。
 けん玉道の魅力にひかれ、休み時間などに技の練習に汗を流し、もしかめを1000回以上続けれるようになったり、灯台ができるようになった時には、とても感激したことを覚えています。
 翌1986年(昭和61年)、伊賀良支所職員をはじめ住民グループは、日本けん玉協会に所属し飯田支部「アップルけん玉クラブ」を結成しました。ちょうど信毎で週刊いいだが創刊スタートし、グループ紹介として活動写真が表紙を飾ったところ、市内保育園や児童館、小学校をはじめ下伊那の団体や老人ホーム等から講師依頼が舞い込むようになり、遠くは茶臼山での修学旅行まで対応するほど広がりました。
 こうなると1級ぐらいの技だけでは足りず、うぐいすや一回転飛行機、すべり止め極意などの段の技や、空中ブランコ、野球などのパフォーマンスいっぱいの技もマスターしなければならなくなり、いつしかウルトラC級の技が出来るようになりました。
 以来、冬になると飯田下伊那の保育園や小学校、児童センターの依頼を受け、子供達にけん玉を楽しんでもらう講習会をしたり、春は飯田こどもまつり、夏は人形劇フェスタ等に出演する活動が続いています。
 アップルけん玉クラブは15年余の活動を経て2001年より、有段者が加わり、定期的な活動として月一回の例会を開催できるほどに発展してきました。現在は四段の講師3名他、子供にも有段者が増えてきています。

(文責 池戸)



 
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